フェイフェイ・リー氏が、AIの未来について興味深い発言をしています。
スタンフォード大学教授であり、AI研究者、そしてWorld Labsの共同創業者兼CEOでもあるリー氏が、いま注目しているのは、ChatGPTのようなチャットボットのさらに先にあるAIです。
キーワードは、
「Spatial Intelligence(空間知能)」
です。
機械に3次元空間を理解させ、物体や人間の位置関係を把握し、その世界の中で移動し、さらに世界がどう変化するのかを予測させる。
一見すると「3D AI」の話に聞こえます。
しかし、私はもっと大きな変化だと思っています。
これは、
AIが「世界について語る段階」から「世界そのものを理解する段階」へ移ろうとしている
文字→コンピューター→インターネット→生成AI→World Model
→Spatial AI→Robotics→Physical AI
という話だからです。
※3D & AI | Dr. Fei-Fei Li, CEO & Co-Founder, World Labs & Jeetu Patel - YouTube
AIはこれまで「世界を言葉にした」
ChatGPTのような大規模言語モデルは、驚くほど多くのことができます。
文章を書く。
質問に答える。
コードを書く。
翻訳する。
要約する。
アイデアを出す。
画像や動画を生成する。
しかし、ここには一つの根本的な限界があります。
AIが扱っているのは、基本的には記号の世界だからです。
たとえば、
「椅子を机の横に移動してください」
という指示を考えてみます。
人間なら、ほとんど無意識に、
椅子はどこにあるのか。
机はどこにあるのか。
椅子はどれくらい大きいのか。
どちら側から持てばいいのか。
周囲に障害物はないか。
椅子を動かしたら人が通れるか。
床は滑らないか。
といったことを考えます。
ところが、言語モデルは「椅子を移動する」という行為について膨大な知識を持っていたとしても、実際の部屋の中に存在しているわけではありません。
つまり、
世界について知っていることと、世界を理解していることは違う。
ここに、次のAIの巨大なフロンティアがあります。
「空間知能」とは何なのか
空間知能は、単に3D画像を生成する技術ではありません。
本質は、
3次元世界の状態を理解し、その中で何が起こるのかを予測する能力
です。
たとえば、
「この部屋を3D画像にしてください」
なら、3D生成AIです。
しかし、
「この部屋にロボットを入れたら、どの経路でテーブルまで行けるか」
となると話が変わります。
必要になるのは、
物体の位置
大きさ
距離
移動可能性
障害物
人間の動線
ロボットの身体能力
時間による変化
です。
さらに、
「このテーブルを移動したら、人間の動線はどう変わるか」
となれば、AIは世界の変化をシミュレーションしなければなりません。
ここまで来ると、空間知能は単なる画像認識ではありません。
「世界を内部に持つAI」
になっていきます。
ChatGPTが「次の言葉」を予測するなら、World Modelは「次の世界」を予測する
ここで重要になるのが、
World Model(世界モデル)
という概念です。
大規模言語モデルが得意なのは、
次にどんな言葉が来るか
を予測することです。
World Modelが目指すのは、
次に世界がどうなるか
を予測することです。
たとえば、
「車が右に曲がる」
という状況を考えます。
言語モデルなら、
「車が右折した」
という文章を生成できます。
しかし世界モデルなら、
車の位置が変わる。
↓
周囲の車との距離が変わる。
↓
歩行者との衝突リスクが変わる。
↓
交通の流れが変わる。
↓
数秒後、数分後の道路状況が変わる。
という世界の変化を扱う。
つまり、
言葉の予測から、現実の状態変化の予測へ。
これが非常に大きな転換です。
World Labsが作ろうとしているもの
フェイフェイ・リー氏が共同創業したWorld Labsは、この分野に特化した企業です。
同社は「Marble」という製品を公開し、画像、動画、テキストなどから、空間的に一貫した3D世界を生成する技術を展開しています。
ここで重要なのは、「3D画像を作る」ということではありません。
生成された世界の中を移動したり、編集したり、さまざまな形式に出力したりできることです。
そしてWorld Labsは、3D世界をAPIとして扱う方向にも進んでいます。
これは非常に重要です。
なぜなら、AIが「文章」を生成するだけなら、AIは既存のソフトウェアの一機能です。
しかし、
AIが「世界」を生成できるようになると、ソフトウェアそのものの意味が変わる
からです。
3D as Code
World Labsが2025年11月に公表した「3D as code」という考え方も興味深いものです。
これまでコンピューターでは、
文字 → コード → プログラム
という流れがありました。
人間がコードを書くことで、コンピューターの中に世界を構築してきた。
ところがAIによって、
言葉 → 3D世界
という流れが可能になればどうなるでしょうか。
たとえば建築家が、
「南側に公園があり、高さ30メートル、100世帯、中央に吹き抜けを持つ木造ハイブリッド住宅」
と指示する。
AIが建物だけではなく、
周辺道路
日照
人の動線
景観
避難経路
エネルギー
周辺建物との関係
まで含めて世界を生成する。
そして、
「夏の猛暑ではどうなる?」
「地震が起きたら?」
「高齢者が増えたら?」
「人口が半分になったら?」
と問いかける。
これはもはや、単なる設計支援ではありません。
世界のシミュレーションです。
建築はAIによって「図面」から「世界」になる
これは建築にとって特に大きな変化です。
現在の建築設計では、図面、模型、BIM、CGなどを使って、完成する建物を予測します。
しかしWorld Modelが高度化すると、
建物そのものをAIの中で動かせる
ようになります。
建物を建てる前に、
人がどう歩くか。
風がどう流れるか。
光がどう入るか。
熱がどうこもるか。
災害時にどう避難するか。
エネルギーをどれだけ消費するか。
100年後にどう使われるか。
を仮想世界で試せる。
つまり、
「建物を設計する」から「建物が存在する世界を設計する」
へ変わる可能性があります。
これは建築家の仕事を奪うというより、建築家の仕事そのものを変えてしまうでしょう。
都市も「設計」ではなく「シミュレーション」になる
都市になると、さらに大きな変化が起こります。
たとえば、「東京の渋滞を減らしてください」という指示をAIに出す。
AIは、
道路を変える。信号を変える。鉄道の利用を予測する。人流を変える。物流を変える。駐車場を変える。住宅配置を変える。
そして、その結果をシミュレーションする。
例えば、一つの案ではなく、1000の案を試す。10万の案を試す。
その中から、目的に近いものを探す。
そうなればAIは、
都市計画支援ツール
ではなく、
都市のオペレーティングシステム
に近づいていきます。
ここでAIエージェントとつながる
現在のAIエージェントは、ブラウザを操作したり、メールを書いたり、コードを書いたりします。
つまり、
デジタル世界の中で行動するAI
です。
しかしSpatial AIが加わると、
物理世界の中で行動するAI
へ変わります。
たとえば、
「家を片付けて」
と頼む。
AIは、
家の3D構造を理解する。
↓
物体を認識する。
↓
それぞれの物体の用途を推定する。
↓
移動可能性を判断する。
↓
最適な行動を計画する。
↓
ロボットを動かす。
↓
結果を確認する。
↓
次の行動を決める。
これは、現在のチャットボットとは全く違います。
AIが、
身体を持つ代理人
になるからです。
AIは「回答装置」から「行動主体」になる
ここでAIの進化を並べてみると、かなり分かりやすくなります。
第1段階
AIが人間の言葉を理解する。
第2段階
AIが画像、音声、動画を理解する。
第3段階
AIが3D世界を理解する。
第4段階
AIが世界の変化を予測する。
第5段階
AIが行動計画を作る。
第6段階
AIがロボットを動かす。
第7段階
AIが現実世界を継続的に操作する。
ここまで来ると、AIはもう単なる「知識ツール」ではありません。
世界に対して行動する主体
になります。
だから「AIに仕事を奪われる」という議論も変わる
ここでフェイフェイ・リー氏の別の発言が重要になります。
彼女は、
「生産性の向上は、必ずしも豊かさの共有にはつながらない」
という趣旨の発言をしています。
これは、Spatial AIの未来を考えるうえで非常に重要です。
これまでAIによる雇用問題では、
「ホワイトカラーの仕事がAIに置き換えられる」
という議論が中心でした。
しかしSpatial AIとロボットが組み合わさると、
製造。
物流。
建設。
農業。
清掃。
配送。
警備。
インフラ点検。
などにもAIが入ってきます。
つまり、
AIによる労働代替が、知的労働から物理的労働へ拡大する
可能性があります。
生産能力が増えても、人間が豊かになるとは限らない
ここで経済の問題が出てきます。
AIとロボットによって工場の生産性が10倍になったとします。
これは素晴らしいことです。
しかし、その利益が、
AIモデルを所有する企業。
ロボットを所有する企業。
GPUを所有する企業。
データを所有する企業。
エネルギーを所有する企業。
に集中したらどうでしょう。
生産能力は増えている。
しかし、人間の所得が増えるとは限らない。
つまり、
生産性と購買力は別問題
です。
これは「AIが働くようになったら、人間は何を買うのか」という問題につながります。
AIが人間の仕事を代替しても、人間が商品やサービスを買うためのお金を失えば、経済システムそのものが不安定になります。
Spatial AIは「資本」の意味まで変える
これまでの産業では、
土地。
工場。
機械。
資金。
労働力。
が重要な資本でした。
インターネット時代には、
データ。
ネットワーク。
ソフトウェア。
が加わりました。
AI時代には、
モデル。
GPU。
計算資源。
が重要になります。
そしてSpatial AIの時代には、
World Modelそのものが資本になる
可能性があります。
例えば、東京という都市について、
建物。
道路。
交通。
人流。
エネルギー。
水。
気象。
災害。
物流。
商業。
などを統合した非常に精密なWorld Modelが存在したとします。
そのモデルを使えば、都市について未来を予測できます。
道路を変えたらどうなるか。
新しい駅を作ったらどうなるか。
高層ビルを建てたらどうなるか。
災害が起きたらどうなるか。
人口が減ったらどうなるか。
このとき、
都市のWorld Modelそのものが巨大な経済資産になる
でしょう。
「世界を所有する」とは何か
ここから問題はさらに深くなります。
Googleは検索情報への入口を支配しました。
SNS企業は人間の社会的ネットワークを支配しました。
AI企業は知識への入口を支配し始めています。
ではSpatial AIの時代には何が起こるのでしょう。
世界のモデルへの入口
を誰かが握る可能性があります。
そして、そのモデルを使って、
都市。
工場。
住宅。
物流。
交通。
エネルギー。
を最適化する。
すると、
「誰がAIを所有するのか?」
という問いよりも、
「誰がAIによってモデル化された世界を管理するのか?」
という問いの方が重要になります。
AIの「幻覚」は物理世界に出てくる
もちろん、ここには大きな危険があります。
ChatGPTが間違った文章を書いても、修正すれば済むことがあります。
しかしWorld Modelが間違った予測をしたらどうでしょう。
「この道路を閉鎖しても問題ない」
「このロボットの経路は安全だ」
「この建物はこの条件なら安全だ」
「この避難経路が最適だ」
AIが間違った判断をして、その結果として現実世界が動いたら、被害は物理的なものになります。
大規模災害には過去のデータにない想定外がある
東日本大震災など大地震は想定外の被害を招きます。
過去のデータにないことはAIでは予測できません。
2026年の熊本地震でも、震度7を計測した地域では最新の耐震設計をした建物も被害を受けています。
AIの判断だからと言って万全である保証はありません。
つまり、
AIのハルシネーションが画面の外に出てくる
のです。
これはLLM時代とは比較にならないほど重大な問題です。
AIの安全性とは、
「AIが正しい文章を書くか」
だけではなく、
「AIが現実世界について正しい予測をしているか」
になっていきます。
そして「現実世界のデータ」が最も貴重になる
LLMにはインターネットという巨大な学習データがあります。
しかし、ロボットAIには別の問題があります。
現実世界で、
「この状況で、この行動をしたら、こうなった」
というデータは簡単には集められません。
ロボットが実際に動いた。
人間が歩いた。
物体を持った。
転んだ。
避けた。
失敗した。
成功した。
そうした現実世界の行動データが必要になります。
つまり、
これからは、
「インターネット上の情報」だけではなく、「世界そのもの」が学習データになる。
これは極めて大きな変化です。
画面の時代が終わる
そして、この変化は私たちの日常にも及びます。
現在は、
人間 → スマホ → AI
です。
キーボードを打つ。
画面を見る。
AIに質問する。
しかしSpatial AIの時代には、
人間 → 世界 → AI
になる可能性があります。
「電気を消して」
と言えばいい。
「部屋を片付けて」
と言えばいい。
「暑い」
と言えばいい。
AIはカメラ、センサー、住宅設備、ロボットなどを通じて、現実世界を理解して行動する。
人間が画面を操作する必要さえなくなる。
つまり、
世界そのものがAIのインターフェースになる。
「スマホは最後の画面になる」の意味
これまでスマートフォンは、
人間とデジタル世界をつなぐ究極のインターフェースでした。
しかしAIが世界を理解できるようになると、状況が変わります。
人間は世界の中にいる。
AIも世界を理解する。
だから、わざわざ画面を介する必要がなくなる。
これは、
「スマホが高性能になる」
という話ではありません。
むしろ逆です。
スマホという画面そのものが重要ではなくなる。
AIが世界に埋め込まれるからです。
フェイフェイ・リー氏が「人間中心」を語る意味
ここでリー氏のもう一つの役割が重要になります。
彼女はAI研究者であるだけではありません。
AI政策や教育、公共投資、社会への説明についても積極的に発言しています。
そして、
「過度な期待を煽らない」
「必要以上に恐怖を煽らない」
「証拠に基づいて議論する」
という姿勢を強調しています。
これは単なる倫理論ではないと思います。
なぜなら、Spatial AIは、
現実世界の生産能力そのものを再設計する技術
になり得るからです。
AIが文章を書くなら、主に情報産業が変わります。
AIが工場、建設、物流、都市、エネルギーを理解して動かすなら、
経済そのものが変わります。
だから、
「AIの性能をどこまで上げられるか」
だけでは不十分です。
「その能力を誰が持つのか」
「誰が利益を得るのか」
「誰が意思決定するのか」
まで考えなければなりません。
AI文明の次の段階
ここまでを文明の歴史として見ると、AIの進化はかなり明確になります。
文字
人間の知識を記録した。
↓
コンピューター
知識を計算した。
↓
インターネット
知識を接続した。
↓
生成AI
知識を生成した。
↓
World Model
世界をモデル化する。
↓
Spatial AI
世界を理解する。
↓
Robotics
世界に介入する。
↓
Physical AI
世界を継続的に再設計する。
この最後の段階に入ると、AIはもはや「便利な道具」ではありません。
文明の設計システム
になっていきます。
最後に残る、人間の仕事
では、人間は何をするのでしょうか。
AIが、
考える。
予測する。
設計する。
シミュレーションする。
製造する。
運ぶ。
建てる。
管理する。
という能力を持ったら、
人間には何が残るのでしょうか。
私は、この問いを「AIにできない仕事を探す」という方向だけで考えるのは危険だと思っています。
重要なのは、
「何をAIに任せるのか」ではなく、「何を人間が決めるのか」
だからです。
AIは、
「この都市が最も効率的です」
と言えるかもしれない。
しかし、
「私たちはどんな都市に住みたいのか」
は別の問題です。
AIは、
「この住宅配置が最適です」
と言える。
しかし、
「人間にとって良い暮らしとは何か」
はAIの計算だけでは決まりません。
AIは、
「この働き方が最も生産的です」
と言える。
しかし、
「人間は何のために働くのか」
は別の問いです。
AIが「世界を最適化する」時代
おそらく、これからのAI競争で最も重要な言葉の一つが、
最適化
になります。
都市を最適化する。
建築を最適化する。
物流を最適化する。
エネルギーを最適化する。
工場を最適化する。
人間の行動を最適化する。
しかし、ここには一つの巨大な問題があります。
「最適」とは誰にとっての最適なのか。
交通を最適化すると、高齢者にとって不便になるかもしれない。
住宅を最適化すると、個性が失われるかもしれない。
都市を最適化すると、偶然の出会いが減るかもしれない。
仕事を最適化すると、人間が「効率の悪い存在」になってしまうかもしれない。
AIは最適解を計算できる。
しかし、
何を最適化すべきなのか
という価値判断は別問題です。
空間知能が向かう先
フェイフェイ・リー氏が語る「空間知能」は、単なるAI技術の一分野ではありません。
それは、
AIが画面の中から現実世界へ出ていくための橋
になる可能性があります。
ChatGPTは、人間の言葉を理解しました。
次のAIは、人間が存在する世界を理解する。
その次は、その世界の未来をシミュレーションする。
さらにその次は、ロボットを通じて現実世界に介入する。
そして最後には、
AIが世界を継続的に観測し、予測し、設計し、実行する。
そうなったとき、AIはもう「チャットボット」ではありません。
それは、
世界を動かすシステム
です。
だから、私たちがこれから考えるべき問いは、
「ChatGPTの次にどんなAIが出てくるのか?」
だけではありません。
もっと大きな問いがあります。
AIが世界を理解し、世界を予測し、世界を最適化できるようになったとき、最後に「何を最適にするか」を決めるのは誰なのか。
フェイフェイ・リー氏が「人間中心のAI」を語る本当の意味は、ここにあるのかもしれません。
AIの未来は、チャットボットの先にある。
そして、その先にあるのは、
「もっと賢いAI」ではなく、「世界そのものを理解するAI」
なのです。
そしてその瞬間から、AIの問題はテクノロジーの問題ではなく、
私たちはどんな世界を作りたいのか
という文明の問題になります。



